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おとぼけママのハッピーブログ

子供の成長と母の進化

 


初めての期末テストに向かう中1の次男は、得体の知れない何か大きな魔物のようなものにでも立ち向かうかのような心持ちで、毎日勉強に取り組んでいる。

 

 

先日、仕事から帰宅した私は、彼の部屋のドアが開いていたので「ただいま」と声をかけた。

私は失礼ながら息子を二度見した。

勉強机に向かっている。

眉間に皺を寄せて、問題集を解いている。

 

 

こ、こんな日が来るなんて!

私の心は感動と不安と心配に包まれた。

 

 

というのも、これまで息子は漢字や計算に人一倍苦労してきた。そもそも文字の形を捉えることに困難さがある。その特性が分かった時から私は勉強に対してなるべく、本人がつまづくことに悩まないようにと敢えて「ゆるく」考えるようにしてきた。

勉強は取り組める範囲でいいと思っていたし、常々「入れる高校に入ればいいから」と通信制高校も含めたいろんな進路があることをそれとなく伝えてきた。

息子も「勉強はちょっと・・・(笑)」と事あるごとにアピールしてきていたので、勉強机に座っているだけで、失礼ながら(2回目)驚きである。

 

 

一つ心配なのは、期末テストが6月26日ということ。

先が長い!!

やる気パワーは続くのかしら?

(普通は早めに始めた事を褒めるところだろうが…)

 

 

心配性の兄はさらに上をいく。

「あまり早くからやって大丈夫か?」

「そんなにたくさんやって大丈夫か?」

「次のテストに響くぞ。」(←次はやる気失せるぞ。)と私以上に心配している。

こちらの息子は勉強してもしなくても心配しているので、親以上にご苦労なことだ。

全くもって次男からしたら傍迷惑な話である。

 

 

ということで、仕事が一段落し、次の繁忙期までゆっくり自分時間を楽しもうか、なんて考えていた私は今、中学一年生の問題集に取り組んでいる。

必死に錆びついた頭を回転させている。

子供は大人へ成長。

私もある意味、進化している。

そのうちプシューッと音を立てて、煙が出るかもしれない。

 

 

まだ母を頼ってくれるのは嬉しいが、私も間違えるし、時間もかかるし、二人で頭を突きつけているより、これまで全く検討していなかった塾にでも通わせた方がいいのか。

いや、まてよ。

兄の言う通り、このやる気パワーは一時的なものかも。

と問題を解きながら思うのだった。

 

 

 

しかし、次男よ。

国語の教科書だけは持ち帰ってきてくれ。

流石に本文の載っていない問題集だけでは、母も解けない…。

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

 

YouTubeで見たスタンフォードオンラインハイスクールの星友啓先生が発達特性の子供も計算を毎日やっていると数学の学力が伸びるのだというデータを紹介していました。子供のやる気を削ぐことが一番学力を下げることらしいので、温かく見守っていきたいと思います!

 

 

 

 

 

記憶にございません!の日々

 

久しぶりに日記を開くと、前回記した日から1ヶ月ほどが経過していた。

そして、恐ろしいことにその間の記憶がほとんどない。

事故とか病気で記憶を喪失していたとか、もちろんそんなことではなく、ただただ日々の仕事に謀殺されていたのだ。

 

4月の初め、次男の入学式を終えてホッとしていたのも束の間、繁忙期は予期せぬ早さでやってきた。

その波は瞬く間に押し寄せ、私は呆気なくそれに飲み込まれてしまった。

それでも、そのうねりに倒れまいと、両脚で踏ん張り、必死でこらえた。

そして、よろめきながらも転ぶことなく、今、ここにいる。

まるで闘いに勝ち抜いてきた勝者のような誇らしい気分で、久しぶりにブログを開いている。大袈裟かもしれないけれど、そのくらい(多分、これまでで一番)働いた2ヶ月間だった。

 

2ヶ月間の途切れ途切れの記憶を辿ってみると、長女と次男が新たなライフステージに立ち、長女は就職、次男は中学へと進学した。

2人とも新しい環境へ馴染むのに時間がかかった。

毎晩のように、長女から電話がかかってきた。

作業場で仕事をしながら、どんよりとしたその声を聞く。

家に帰ると、これまたどんよりとした次男の顔。

中学校での様子を聞く。

こちらはこちらで、身体以上に脳が疲れているので、的確なアドバイスは出来ていなかったように思う。

それでも、次第に長女からの電話の回数が減り、次男の笑顔の頻度が多くなっていった。

 

私自身は疲労困憊の毎日。

間違える、間違える・・・。

普段はしないようなミスの連発で落ち込む。

そして、仕事は次から次へと全く終わる気配がなかった。

 

これには理由があった。

ベテランのパートさんが去年で辞めてしまったこと。

また別のベテランのパートさんが、怪我で長期の休みをとっていること。

新人パートさん同士の人間関係。

その上、急激な忙しさで、義母がダウン(実はこれが一番大きかった!!)。

私のキャパを遥かに超えたハプニングの連続だった。

 

私は、改めて義母の存在の大きさを思い知った。

そして、今年に限ったことではなく、これからさらに年をとって動けなくなっていく義父母に今までと同じように頼ることはできないのだということをに気づいたのだった。

思えば、義母に教えてもらいながらこなしてきた仕事をいつの間にか私が中心になってやっている。

頼ってきたのに、いつの間にか頼られている。

それは、嬉しいというよりも淋しい気持ちの方が大きい。

子供から大人になっていくときのような(もうずいぶん長い間大人だけど)、自信のあるような、ないような・・・。

 

ずっと頑張ってきた義母の代わりに私が頑張る。

そして、これからは一人でも頑張れるように、少しずつ仕事の内容を考えていかなければいけない。

 

大好きな桜も通勤時眺める程度で、気づいたら葉桜になっていた。

その代わりに、長女から誕生日プレゼントでもらったプリザーブドフラワーを眺める。

 

私の好きな花。

私の好きな黄色。

 

余裕のない日々を過ごしながらも、私のためにプレゼントを選ぶ長女の姿を想像すると、いくつになっても愛おしいし、その気持ちがとても嬉しい。

 

私もいつか義母のように、世代を交代していく。

一瞬一瞬がつながって、未来へと流れていく。

その流れは昔も今も変わらないけれど、もう少しだけ、余裕を持って生きたいなぁ。

 

 

 

 



 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

 

 

 

 

出会いと経験

 

「泣かないでよ。」と言われると、泣かなければいけないようなプレッシャーがかかるから不思議だ。

 

今日は次男の卒業式。

数日前からソワソワしてる次男は昨日の夜、緊張でお腹が痛くなり、ビオフェルミンを飲んでいた。

早くないだろうか、その緊張。

 

一人ひとりが校長先生から卒業証書を受け取る。

もしや、去年の音楽会の時のように、緊張をほぐすため、壇上で口を大きく開けたり、閉じたりと動かしたりはしないだろうか。

体が硬くなって、足と手が同時に出やしないだろうか。

トイレの後、ちゃんとベルトは止められるだろうか…など、母は別のことが気になり、実は一向に泣ける気がしなかった。

 

ただ式の最中、ずっと心の奥底から叫んでいた。

「よく頑張った!!」

 

思い起こせば、コロナ渦でのスタートだった。

授業はリモートが多く、集団での活動が制限されていた。

しかも、1年生の先生は怖いと有名なベテランの先生。

次男は特性があり、大きな声が苦手。

自分のみならず、友達が大声で怒られることにもビクビクして過ごしていた。

担任の先生に「お母さん、校門下まで連れてきてください。」と言われ、登校を渋る次男を車に乗せ、校門下まで連れて行くと、担任の先生が待っていて、校舎へと連れて行った。

時には抱えられるようにして入って行った。

2年生になると、学校へ行きたくないと言うよりも先に体に症状が現れた。

お腹が痛くなり、頭が痛くなる。

先生に伝えて、お休みする。

週3日か4日行くと症状が現れるので、休ませた。

3年生になり、担任の先生が代わると、徐々に症状が出る頻度が減った。

今思うと、小学校に楽しみが出来たからだった。

先生がヤギを飼ってくれたのだ。

動物好きの次男はヤギに会いたい、お世話がしたいと学校へ行くようになった。

アニマルセラピーだ。

ヤギはクラスのみんなが交代でお世話をした。

休日は希望者が手を上げ、順番でえさやりや小屋のお掃除に学校へ行った。

ヤギの散歩はしてもしなくても良し。

ヤギの力は強くて中学年の力では引っ張られてしまうこともあった。

嬉しがって「メェ~、メェ~」と鳴き、抱きつこうとする。

子ヤギとは言え、立ち上がると次男の頭まで前足が届く。

泥だらけになりながら、手慣れた様子でヤギの世話をする姿が頼もしかった。

4年生になると学校を休まなくなった。

2年生から始めたスポーツも楽しくなり、学校以外にも楽しみが出来た。学年を越えた友人ができ、自信がついたようだった。

5年生になると好きな教科が出来た。

理科と体育だ。

苦手な算数や国語ばかりでは息が詰まってしまうが、好きな教科が出来たことによって、学校は楽しい場所へと変わった。

6年生になり、担任の先生が代わった。

先生は次男の良いところを見つけてくれた。

そして、それを原石だと言って磨いてくれた。

仲の良い友達ができて、学校でのできごとを楽しそうに話してくれるようになった。

 

たくさんの人に助けられてきた次男。

いつか誰かを助けられる人になってくれると嬉しい。

「出会いと経験」によって人は成長するという(長女の高校の入学式の時に校長先生が言っていた言葉)。

まさしく、その通りだと思う。

 

私は今日、泣けなかった。

4割が安堵、そして、6割が感謝だった。

(・・・と言いたいところだけれど、実際には6割が安堵、4割が感謝かな。)

 

中学生になるとまた環境が変わるけれど、「新しい出会い」と「新しい経験」によって、さらに成長して欲しいと思う。

何はともあれ、笑顔で、それから健康で。

 

 

自己満足だらけの内容ですが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

 

 

 

 

 

我が家の家電事情

 

「お母さん、お風呂の電源が入らないよ!」

長男から電話を受けた私は一瞬何のことを言っているのかわからなかった。

「電源が入らない?」

「どうして?」

「それはこっちが聞きたい。とにかく電源が入らないから、お風呂に入れないよ、今日。」

長男がぶっきらぼうな口調で怒ったように言った。

 

我が家のエコキュートは壊れて、電源が入らなくなった。

思えば、16年もの間、よく頑張ってくれたものだ。

実は2年前にもエコキュートの危機があった。

買い替えを覚悟していたのだが、知り合いの電気屋さんが直してくれた。そして、何とかそのまま使えていたのだが、とうとう漏電し(後でわかったのだが)、全部取り替えた方が良いということになった。

 

大好きな家のお風呂に入れない。

1日のうちで一番幸せを感じるお風呂タイム。

1年のうちでいちばん幸せを感じる冬場のお風呂タイム。

湯船に浸かった瞬間に凍りついた私の体中の血液が巡り始める。

体が温まるのと同時にキュッと固まっていた心が解き放たれていくような感覚に陥る。

「なんて、幸せなの!!」

大袈裟でも何でもなく自然と口から溢れる。

 

お風呂タイムだけは誰にも邪魔されない。

私だけの時間だ。

子供が小さいと母はなかなか自由な時間が持てない。

いやいや、我が家は小6の末っ子を除いて、2人の子供はもう成人している。

しかし、とにかくみんな話好きで、一方的に、時として一斉に話しかけてくる。

「お母さんは聖徳太子じゃない!」と言ってみるのだが、「はて?」という顔をされ、そのまま話が続く。

 

それゆえ、私にとって自分だけの時間を静かに堪能できるお風呂タイムはこの上ない至福のひとときなのだ。

けれど、いつも湯船に浸かりながら、不安に思う。

「いつかお風呂に入れなくなる日が来るかもしれない」と。

私が想定していたのは、いつ訪れるかわからない自然災害だったが、普通にエコキュートが壊れて、あっけなくその日はやってきた。

 

実は数ヶ月前からIHにも不具合が生じている。

つけたはずのコンロがつかずに何故か下のグリルがついている。

誤魔化し誤魔化し、使っていたのだが、最近は誤魔化せなくなってきていた。

ついでに交換が決まった。

 

そして、夏も冬もフル稼働のエアコン。

耐用年数はとうに過ぎ、いつ止まってもおかしくない状況に。

こちらの交換も必然的に決まった。

エコキュートからのIHからのエアコン。

大出費だが、この際、仕方がない。

 

我が家では、長女が今年の4月から社会人となる。

学費も生活費の仕送りも無くなる。

それを待っていたかのように、次々と家電が壊れたり、家の修理が必要になった。

「16年間もの間、よく頑張ってくれたよ。きっと、この時を待っていたんだ。」と夫が言った。

 

「お母さん、お風呂の栓が閉まらないから、それも直そうよ。」

「お母さん、ついでにトイレの便座が割れてきているから、それも。」

長男がここぞとばかりに言ってくる。

無理です。

 

IHもエアコンもないと困るけれど、とりあえず、私はお風呂に入りたい。

家のお風呂がいちばん好きなのよ!!

 

 

 

今回もとりとめのないお話にお付き合いいただき、ありがとうございました♪

 

 

 

 

制服をきてみた、そして早すぎる第2ボタンのお話


「制服を着てみたい。写真撮ってくれる?」

先日、小学校の参観日の時に購入した中学校の制服。

「来てみようね。」と言いながら忙しがっていて、1週間ほど経ってしまっていた。

箱を開けてみると、ピカピカの真新しい制服が綺麗にたたまれて入っていた。

 

まず、ズボンを取り出して履き出した次男。

「あれ?長いねぇ。」

そうだ、思い出した。

長さを合わせて裾上げをするんだった。

長男の時から8年も経っているからすっかり忘れている母。

危なかった・・・。

「卒業式までにはちゃんとやっておくからね。」と約束をする。

 

次男は、おぼつかない手でベルトを通し始める。

実は次男、未だに前後ろ反対にシャツを着てしまったり、時にはズボンまでも反対に履いてしまったりする。

最近は、「いつも首が苦しそうね。」とか「ズボンのポケットは前についていたんだっけ?」とか遠まわしに言ってみる。

そんな次男なので、これまで「ベルト」などという高度なものは使わせてこなかった。

必要もなかったのだけど・・・。

「ベルトはこっちから入れるんだよ。」とやって見せる。

あれ、腰の方がベルト通しに入っていない・・・。

入れてあげる。

そこへ父が帰宅。

二人を見て、「大騒動だな。」と一言。

「あれ、ベルト長すぎるみたい。」

そうだった。

ベルトも調節しなきゃいけなかったんだと改めて、着てみたことに安堵する(当日だったら相当慌てていただろう)。

 

さて、ワイシャツだ。

ワイシャツは1枚だけ購入した。

兄の時のまだ新しいワイシャツがあったからだ。

ワイシャツは綺麗にたたまれ、プラスチックのピンでしっかり止められている。

ボタンにはタグが糸で巻き付いている。

襟の内側も形が崩れないようにプラスチックのシートでキープされている。

一生懸命取っているようだけれど、めちゃくちゃ時間がかかっている。

彼はあまり器用とは言えないのだ(というか、とても不器用なのだ!)。

(ええい、任せていたらいつになるか分からない!!)

私は「お母さんが取ってあげるから、制服の上着のボタンを外しておいて。」と告げた。

そして、ようやくワイシャツを着るところまでたどり着いた。

ボタンをかけ始めたが、何かがおかしい。

「そこまで行ったのに、申し訳ないのですが、1段ずつズレております。」

母の言葉に「えー」と言いながら、やり直す。

「下からはめて行ったら?」とアドバイスしてみた。

 

そして、お待ちかね、制服の上着を羽織ってみる。

おう、なかなか似合っている。

何故か急にお兄さんに見えてくる。

 

すると、「あのさ、黒い帽子って無かったんだっけ?」と次男。

「いつの時代の話でしょうか?」

「お母さんたちの時代はあった気もするけれど、今はないねぇ。」

「えー、かっこいいのに。」と少し残念そうな顔をする。

 

それにしても、初めてでも時間がかかりすぎる。

これまでのように起きていたら、絶対に遅刻だ。

次男も同じことを考えていたようで、「お母さん、着替えに時間がかかるね。朝が大変だね。」と言った。

 

現在、起床から登校まで短い時で、15分。

朝ご飯を食べて、着替えて、バスに間に合うように出る。

私は彼の目覚まし時計として、3回は部屋に行き、声をかけ、布団をはぎ、怒られ、文句を言いながら退散を繰り返す。

 

少し考え込んでいた次男。

「これからはもっと早起きしなくちゃいけないね!」というかと思いきや、

「大丈夫。小学校より中学校は近いから、余裕だよ(笑)」と言い放った。

 

・・・それが心配なのよ!!

 

自分の子供時代もそうだった。

学校から一番近くの家、そう、何なら道を渡ればすぐに学校という場所に住んでいた子がいつも遅刻していたんだ。

 

制服を着て、満足そうにピースをした写真を4枚ほど撮って、次男のご希望通りに長女へも送った。

果たして、どんな中学生活が待っているのだろう。

 

ふと、次男が言う。

「僕ね、第2ボタンは誰かにあげるんだ。」

それも、何かの漫画で読んだのね・・・まだ早っ。

 

ただ、制服を着てみただけのブログですが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駐車場からのエールとささやかなプレゼント

2月14日。

チョコレート2個と焼き菓子1個をプレゼント用の袋に入れ、そこにカフェオレを追加して、私は友人Nさんの職場へ向かった。

わざわざ持って行くには、ささやか過ぎる?とも思ったが、気を使わせてもいけないと思い直した。

Nさんを友人と言ってよいのかわからない。

Nさんは私より3つ上で、どちらかと言えば、お姉さんのような存在だ。

以前、同じアパートに住んでいた事もあり、ずいぶん前から親しくさせてもらっている。とは言え、どちらも忙しくて、なかなかゆっくり話ができず、いつも立ち話程度だ。

立ち話が出来ればよい方で、大抵、お互いの職場の駐車場と駐車場から、手を振って挨拶することが多い。

「元気?私は元気だよ。頑張ろうね!」

毎回、そんな気持ちで、お互いにエールを送る。

実はNさんの会社の隣に私たちの会社があるのだ。

 

Nさんのお子さんはうちの長男と同じ通信制の高校へ通っていた。

高校のことや卒業してからのことなど、子供たちの苦労話は共通点も多く、その分、理解しあえる事柄も多かった。

近況報告したり、相談しあったりして、最終的には「イライラしたって、心配したって仕方ないもの。子供たちが元気で笑って過ごせたら、それだけで良しだね!」

私たちの話は、毎回そこに結論付けられるのだった。

 

最近はお互いの子供たちが成人し、成長した。

心配事はあるけれど、それもすべて日常に取り込まれ、焦ることも、不安に押しつぶされることもなくなった。

お互いに随分と落ち着いた。

立ち話の内容も子供たちの話から私たちの健康面へと内容が変わった。

 

その夜、Nさんからお礼のメールが届いた。

「早速、美味しくいただきました。」とあり、「仕事でちょっと凹んでいたけれど、おかげで元気になったよ。」と言葉が続いた。

最後に「〇〇ちゃんの(私のこと)優しさに感謝♡」とあった。

喜んでもらえたこと、Nさんを元気づけられたことが単純に嬉しかった。

 

私もNさんに色々もらってきた。

疲れた顔をしていたんだろう、時には栄養ドリンクを。

やっぱり疲れた顔をしていたんだろう、時にはNさんおすすめの化粧水スプレーを。

そして、「寒いね。」と言った私の顔をが本当に寒そうだったんだろう、ある時はハンドクリームを。

私はその度に嬉しかった。

Nさんの心遣いが心に沁みた。

 

「人の振り見て我が振り直せ」という諺がある。

最近になって、それには二通りの意味があるのだと知った。

一つは他人の悪いところを見て、自分はしないようにしようと思うこと。

そしてもう一つは他人の良いところを見て見習うこと。

私はずっと「悪いところを見て、自分はしないようにしよう」という意味で使っていた。でも、これからは「良いところを見て、見習おうと思える人」でいたいと思う。

私はNさんに優しくしてもらって、私もNさんのようになりたいなっと思っている。

ゆったりと穏やかで包み込むような優しい声。

私より忙しそうなのに、いつも私の事を心配してくれる心遣い。

決して、上からではなくて、自分の失敗談なんかを笑って話してくれるチャーミングさ。

「私だってそうだよ。」と共感してくれる親しみやすさ。

そして、時々、私を褒めてくれる居心地の良さ。

まるで、私のお姉さんのような存在のNさん。

 

そんなNさんと今日もまた双方の駐車場から手を振り合う。

コミュニケーションは50M離れていてもとれている。

お互いに元気で、優しい笑顔が続きますように。

Nさんを見て「今日も頑張ろう!」と思った。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

 

 

 

 

 

 

 

介護は続くよ、どこまでも

 

介護は続くよ、どこまでも。

 

102歳になる母の母、私からすると祖母の介護を母と伯母が分担してやっている。

最近、介護度が増してきた祖母に対して、不安や不満を口にするようになった母を見かねて、私もそこへ仲間入りをした。

・・・とは言え、何にもできないの、私。

張り切っていた割に、いざという時になると、子供の用事やら仕事やらで全然役に立たない。

情けないといったら。

 

先日も、祖母の様子を見に行く約束をしていたのに、次男からインフルエンザBをしっかりもらってしまい、伯母に連絡して代わってもらった。

 

次男ったら熱が出ないの。

自分の部屋にこもっているから、怪しいとは思っていたけれど、咳が悪化して病院へ連れて行ったときにはすでに隔離期間あと1日というインフルエンザ菌が終焉を迎えるころだった。

「大丈夫だよー。ただの風邪だから。」

病院嫌いの次男にすっかり騙されてしまった。

 

そして、同様に咳が出始めていた私は時期尚早で陰性となり、薬ももらえず、ただただ辛い3日間を過ごしたのだった。

ぞくぞくするような寒気、全身の筋肉痛、咳、痰、鼻水、そして最後に下痢。

絶対インフルエンザBだったと思う。

祖母に接触しなかったから良かったと言えば、良かったのだけど、何も役に立たない口ばかりの支援者だな、とつくづく思った。

 

伯母は旦那(伯父)の義姉と一緒に住んでいて、義姉はやはり要介護者である。

伯父は他界している。

母も父が大病を患い、現在も通院中。

みんな大変。

伯母が言ってた。

「私が介護されてもおかしくない。」

そうね、81歳だものね。

 

現在、祖母はデイサービスで1週間ほど泊りでお世話になっている。

泊りのサービスが利用できるようになったのだ。

1週間行って、家で過ごしてまた泊りに行って・・・祖母の頭は混乱しているようだ。

それでも、入所を希望せず、家にいたいという祖母の気持ちを最大限に優先している優しい娘たち。

すごいと思う。

 

昨日、母と電話で話した。

「姉ちゃんもさ(伯母のこと)、お義姉さんのこともあるし、大変なんだよ。息子は海外だし、娘はちょっと離れているしね・・・。」と母。

その後に続く言葉が想像出来ちゃった私。

「いいよ。おばちゃんに何かあったら、見に行くから言って。」

「頼むよー。」

ちょっと安心した声の母だった。

 

ええ、やりますとも!!

同じ町に住んでいるんですから。

だけど、チャラっと思っちゃった。

102歳の祖母でしょ。

きっと伯母も母も長生きだろうな。

インフルエンザで3日間寝込んだくらいで、ヒーヒー言っている場合ではない。

口先だけにならないように、やります詐欺にならないように、私自身が元気でいなければ。

 

不思議なことで、私が祖母の様子を見に行くようになってから、メンタル不調の長男のメンタルがとても安定している。

私が家族のために何かしていることが嬉しいようだ。

最近は家族分の洗濯までしてくれるようになった。

そして、今日は祖母のうちの雪かきにも一緒に行ってくれた。

 

いい影響もあるんだな・・・。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。